長崎・海上自衛隊員自殺事件
(福岡高判 平20.8.25)
使用者の債務不履行責任
(安全配慮義務違反)
が問われた裁判例
- 事案の概要
- 海上自衛隊員であったAが、S護衛艦乗艦中に自殺したことについて、その両親Xらが、①Aの自殺は上官らのいじめが原因である、②国:YにはAの自殺を防止すべき安全配慮義務違反等と主張し、Yに対し、国家賠償法に基づき、損害賠償等を求めた。第一審判決はXらの請求をいずれも棄却したため、Xらはこれを不服として控訴した。
- 結果
- 控訴一部認容。Xらに対し、慰謝料計 350 万円。
- 判旨の概要
- Aの上官B班長が、指導の際にAに対し、「お前は三曹だろ。三曹らしい仕事をしろよ。」「バカかお前は。三曹失格だ。」などの言辞を用いて半ば誹謗中傷していたと認められるのが相当であり、Aは、家族や同期友人にB班長の誹謗する言動を繰り返し訴えるようになった。これらのB班長の言辞は、それ自体Aを侮辱するものであるばかりでなく、経験が浅く技能練度が階級に対して劣りがちである曹候出身者であるAに対する術科指導等に当たって述べられたものが多く、かつ、閉鎖的な館内で継続的に行われたものであるといった状況を考慮すれば、Aに対し、心理的負荷を過度に蓄積させるようなものであったというべきであり、指導の域を超えるものであったといわなければならない。また、Aの人格自体を非難・否定する言動で、階級に関する心理的負荷を与え、劣等感を不必要に刺激する内容であったのであって、一般的に妥当な方法と程度によるものであったとはとうてい言えないから、違法性は阻却されない。
B班長は、Yの履行補助者として、Aの心理的負荷等が蓄積しないよう配慮する義務とともに、Aの心身に変調がないかについて留意してAの言動を観察し、変調があればこれに対処する義務を負っていたのに、上記言動を繰り返したのであって、その注意義務(安全配慮義務)に違反し、国家賠償法上違法というべきである。
一方、C班長がAに焼酎の持参を促すものと受け取られかねないような発言をしたこと、Aを「百年の孤独要員」といったことがあること、自宅に招待した際、「お前はとろくて仕事ができない。自分の顔に泥を塗るな。」などといったことはあるが、C班長及びAは、O護衛艦乗艦中には良好な関係にあったことが明らかであり、Aは2回にわたり、自発的にC班長に焼酎を持参したこと、C班長はAのS乗艦勤務を推薦したこと、A一家を自宅に招待し、歓待したこと等からすれば、客観的にみてC班長はAに対し、好意をもって接しており、そのことは平均的な者は理解できたものと考えられるし、Aもある程度理解していたものであって、C班長の言動はAないし平均的な耐性を持つ者に対し、心理的負荷を蓄積させるようなものであったとはいえず、違法性を認めるに足りないというべきである。
パワーハラスメントの裁判事例
使用者の不法行為(一般の不法行為)
責任が問われた裁判例
東京地方裁判所 | バンク・オブ・アメリカ・イリノイ事件 東京地裁 平成7年12月4日判決 |
東京高等裁判所 | 松蔭学園事件 東京高裁 平成5年11月12日判決 |
東京地方裁判所 | ティーエムピーワールドワイド事件 東京地裁 平成22年9月14日判決 |
最高裁判所 | 関西電力事件 最高裁判所第三小法廷 平成7年9月5日判決 |
使用者の不法行為(特殊の不法行為:
使用者責任)責任が問われた裁判例
名古屋地方裁判所 | U福祉会事件 名古屋地裁 平成17年4月27日判決 |
横浜地方裁判所 | ダイエー事件 横浜地裁 平成2年5月29日判決 |
使用者の債務不履行責任(安全配慮義務違反)が問われた裁判例
東京高等裁判所 | 川崎市水道局(いじめ自殺)事件 東京高裁 平成15年3月25日判決 |
福岡高等裁判所 | 長崎・海上自衛隊員自殺事件 福岡高裁 平成20年8月25日判決 |
埼玉地方裁判所 | 誠昇会北本共済病院事件 埼玉地裁 平成16年9月24日判決 |
高松高等裁判所 | 前田建設事件 高松高裁 平成21年4月23日判決 |